5月1日にこちらに着いて一ヶ月が過ぎた.その間,大学構内にある学生向けのflatに住んでいたが,諸事情を考慮して一般向けのflatに引っ越すことにした.学生向けのflatとはいえ,2KDKタイプであり,キッチンには既に食器,コーヒーメーカー,電子レンジ,冷蔵庫などは装備され,本棚,ベッド,机も用意されていた.我々の住んでいた部屋は大学が借りていたもので,通常はゲスト用に使われるものである.したがって,特別何も用意することなく,すぐに生活が始められるよう整えられたものだった.テスト明けに学生が騒ぐのがちょっとうるさいくらいで,不満という不満はなかったのだが,一番の大きな問題は,息子の友達が居ないこと,遊び場が無いことである.息子も2歳5ヶ月になり,そろそろ同じ年頃の友達が欲しいころである.母親もそろそろ息子の相手に疲れたようで,仕事から家に帰ると不機嫌だったりする.これは何とかせねば,というわけである.
フィンランドの住宅事情は極めて良好で,大学のそばに限らず,郊外にはあちらこちらにflatが見える.どの建物もよく似ており,それほどの個性は無いが,日本の団地よりはよっぽどおしゃれである.大きく分けて学生用と一般向け2種類あり,前者はある程度の生活用品が備え付けられており,家賃も安いが,造りは若干粗雑である.したがって,備え付けられているベッドにしても,外見は木製でフィンランドらしいが,大きさは80cm x 200cmという寝台車のベッド並みの大きさで,しかも薄っぺらいマットを直接木の上に置くものだから背中が痛い.ベッドの大きさは,それでもこのサイズが一般的らしくて,体の大きいフィンランド人がよくもまあこんなに小さいベッドに寝るものだと驚いてしまう.したがって,良いベッドというのは,大きいというわけではなく,質の良いマットレスを使うという点で良いということになる.
学生向けかどうかは,一見では良く分からない.その手のアパートを扱っている業者(LOAS)があり,その名前がどこかに書いていないかどうかがポイントとなる.あとは出入りする人間を見ればすぐにわかる.一般のアパートは,様々な業者が扱っており,建物の管理から家賃の管理までを引き受けている.入居したい場合は,不動産屋のようなものがあって,そこに直接申し込めば空いているアパートを探してくれ,そのアパートを扱っている業者を紹介してくれる仕組みだそうだ.
しかし,我々家族のように,短期間の滞在者はそうした通常の手続きだけを行って,自力で引越ししようとすれば思いの外,混乱が生ずることになる.つまり,カーテンから始まって,ベッド,テーブル,椅子,ランプなど,ありとあらゆるものを自分で購入しなければならないし,サウナや洗濯機の使い方などのシステムなども全く知らないのだから.したがって,誰か知り合いが住んでいるflatを見つけ,その知り合いを通じて様々な手続きを進めるのが最も賢明な方法である.
幸いにして,我々は大学の同僚が住んでいるflatを見つけ出すことができた.しかも,そのflatは通常のように業者が全面的に管理しているものではなく,住民の代表者で会社を作り,住み込みのhouse
keeperを雇って運営されているものである.したがって,部屋に空きができた場合は,住民会議(?)なるものを開き,入居者を募集し,さらに入居者の選択までを住民が行うのである.完全住民主権のflatである.自分が住んでいるflatなのだから,家賃も安い.必要経費だけを集めれば良いからである.我々家族の入居は,その知り合いのフィンランド人の強力な薦めがあり,すぐさま認められた.まったくありがたいことである.フィンランド社会はコネ(connection)の社会だというのは自動車事件以来,うすうす気づいていたが,ここにきて決定的なものとなった.フィンランド語のできない我々は,英語のできる(我々とコミュニケーションがとれる)強力なフィンランド人を友人に持って初めて,いろいろなことをスムーズに進めることができるのである.
後は必要な家具を揃える必要がある.北欧家具は日本でも人気である.街にはいくつもの家具屋があって,そこに置かれている家具を眺めるだけでも楽しい.家内などは早速触手を伸ばしている.が,いくら本場とはいえ,高いものは高い.日本に送ろうとすれば,もっと高い買い物になってしまうだろう.かといって,床に寝るわけにもいかず,テーブル無しで食事もできない.最低必要なものは揃えなければならない.何人かのフィンランド人に相談したところ,まず,大学のいらない机などを無償で借りるのはどうか,と言われた.そんなことができるのか半信半疑だったが,ここでもコネが威力を発揮した.大学の本棚,机,椅子などの設備備品を一手に扱っている事務部門があり,そこの担当事務官に話をつけてくれた.それならば,ということで案内されたのが,図書館の一角にある倉庫で,そこには図書館で使っていない机や椅子などがうずたかく積まれていた.必要なものを持っていくがよい,といった感じで,早速,キッチン用の机と椅子を借りることにした.あっという間の出来事である.
続いて,研究室の秘書の方から耳寄りな情報を得た.中古家具を扱っている店が2軒とリサイクルセンターが1軒,街にあるらしい.早速,そこに行ってみると,地下倉庫のようなところに確かにそれらしき店がある.お客もいるようだが,フィンランド人ではなさそうだ.後で聞いた話だが,そうした場所にはロシア人がしばしば現れるらしい.なるほど,無造作に置かれた家具のほとんどは,まだ十分使えるもので,値段は新品の10分の1程度である.これならみんな欲しいだろう.が,私の友人は知らなかった.穴場なんだろうか?ともかく,我々はホテルから払い下げられたというベッドを2つ(
1つが250FIM = 6250円) とフィンランドっぽい椅子(同じく6250円, 写真左),シャンデリア(2500円,写真右),スタンドランプ(2500円)
を購入した.英語はほとんどできなかったが,flatまで運送もしてくれた.食器などは日本に送ることも考え,それなりの新品を購入したため,結局,ベッドなどよりも高い買い物になってしまった.それも楽しみの一つではある.
ちなみに,今回引っ越したflatは2LDK(床面積63.5m^2), 冷蔵庫,オーブン等の施設ありで,一ヶ月2,500FIM(62,500円)である.部屋の他に,このflatにはストレージが2種類あって,一つは5度に保たれたビールなどを保存するところと,通常の物置が各部屋毎に備わっている.もちろんサウナは常識で,週1回のpublic timeの他,週1回,各部屋毎に専用の時間が割り当てられる.我々はhouse keeperさんのご好意で,一番ベストな時間帯である土曜日午後8時30分から家族専用サウナとして利用できることになった.念願の息子の友達も同じflatに何人か住んでおり,遊び場も目の前にある.今回の引っ越しで,ようやく,フィンランドで「生活している」という感覚を持てるようになってきた.